持っている実力を発揮するために

目標に向かって取り組んでいるときに

 

目の前にあらわれる課題に対して

 

1つの方法でしか対処できないとするなら

 

一体どういうことが起こるだろうか。

 

その”1つの方法”が通用するうちはいいけど、

 

それが通用しなくなった時、

 

課題を乗り越える・解決する「打ち手」がなくなってしまう。

 

それはイコール実力がないということではなく、

 

持っている実力を発揮できていないということだと思う。

 

あらわれるであろう課題に対して

 

いくつかの方法を準備しておくこと。

 

そういうことが目標を達成するために必要になる。

気付く前に必要な感覚

僕たちは自分の足りなさに気付くからこそ

 

そこを改善しようと思い始める。

 

まず、気付くことがなければ

 

改善し始めることもない。

 

気付くためには何が必要だろう。

 

少しでも今よりも良くなりたいという思い、

 

どんな些細なことからも学ぼうとする視点や姿勢、

 

つまり、現状維持ではなく前を向こうとすること。

 

それって、もう少し掘り下げるなら

 

”自分の可能性にチャレンジしていくことで人生はもっとよくなっていく”

 

っていう感覚が必要なんだろうと思う。

 

人がそういう感覚を育てていくために

 

自分が手伝えることをやっていきたいなー。

 

 

「足し算」的な生き方の行き着くところ

今の時代、スマートフォンを始め色んなテクノロジーが増え、

 

科学的(化学的)な開発により、さまざまな効能・効果を外部から

 

得ることができるようになってきている。

 

ただ、感じることは、色んなものが僕たち一人一人の生き方に

 

プラスされていき、たとえば悪い習慣も外部からの”何か”を使えば

 

気にならなくなる、みたいな流れになってしまっているということ。

 

食習慣を改善しないけど、”何か”を使い痩せるとか、”何か”を使い栄養を得るとか、

 

根本的な問題を解決しないまま、テクノロジーであったりケミカルなことを使い

 

上手く”分からなくする”、みたいなこと。

 

この「足し算」的な生き方の行き着くところはどこなんだろうという疑問がある。

 

自分がたどり着きたいところを考えたときに、その生き方で本当に

 

たどり着くのか、考えてみる価値はあると思う。

 

 

身の丈と成長のスピード

世の中の1つの流れとして、拡大・成長ということがある。

 

やっていることを拡大させる、成長させるということ。

 

今やっているビジネスを拡大させることや

 

事業を成長させること。

 

それは社会を活性化させるという意味でも大切なことだと思う。

 

ただ、時々疑問に感じるのは、

 

自分自身の身の丈や自分に合った成長のスピードを気にせずに

 

成長や拡大に身を任せることの危うさ。

 

その瞬間は成長し、拡大するかもしれないが

 

そこから少し経って、それを維持することの大変さがそこにはあるということ。

 

人によって違ってくるとは思うけど

 

維持するに追われたとき、僕たちは本来の目的からずれた動機で

 

取り組んでいくことになりかねない。

「確かなこと」と思えること

人は自分の中で”これは確かなことだ”と

 

思えることを知るときに、腑に落ちて

 

それに対して真っ直ぐに進んでいけたりする。

 

もちろんそれが絶対的に確かかどうかは

 

分からないことではあるけど、

 

自分の中ですごく納得のいくという感覚がある。

 

逆に、”これは本当なのかな〜”という思いが

 

ほんの1%でもある時には、

 

なかなか思いきってそこに進んでいくことは難しい。

 

自分が何かを提供する立場になるときには

 

提供する自分が心から納得していることを

 

提供することが大事だなーと思う。

”協力したい”と思う存在

僕たち人間の欲求の中の1つに

 

「仲間になりたい」ということがある。

 

少し角度を変えて見てみると

 

「一緒に何かをする」ということ何だと思う。

 

生まれつき、ということなのかは分からないけど

 

僕たちは”協力したい”と思う存在なのかもしれない。

 

それは他の動物とは一線を画していて、

 

人間(ヒト)ゆえになのかもしれない。

 

1歳の子どもでも、困っている人を助けようとすることが

 

研究で分かってきている。

 

幼い頃から僕たちが持っているその感覚を

 

大きくなるに合わせて育てていけたら素晴らしいだろうなー。