一人一人が違う

僕たちは時に場を納めるために

 

”平等であること”を振りかざしてしまう。

 

集団を統制するために

 

”不平等”や”不公平”を取り除こうとする。

 

でも、そもそも僕たち一人一人が

 

同じじゃないんだから

 

僕たちがイメージするような”平等”や”公平”は

 

ありえないというかズレてるんじゃないかと思う。

 

一人一人が違う、だから一人一人に対する接し方も違う。

 

完全じゃないところに大事なことがある気がする。

「わからないこと」の大切さ

僕たちには、”この人と一緒に仕事をしたい”とか

 

”この人と一緒に時間を過ごしたい”とかいう

 

「気持ち」の部分が間違いなく存在する。

 

でも、僕たちの社会では多くのことが

 

数値化された点数や成績で判断・決定される。

 

テストの点数に、その人の”気持ち”は反映されない。

 

仕事の成果に、その人の”気持ちは”は反映されにくい。

 

そう、ある部分で僕たちは「説明できない」ということを

 

できるだけ避けようとしてしまうんだと思う。

 

”気持ち”は簡単には説明できないもの。

 

社会では説明できることが立派だとされやすい。

 

でも「わからない」「説明できない」ことだってある。

 

「わからない」が言える環境の大切さもあるし、

 

「わからないこと」も判断・決定の基準になるということの

 

大事さを、最近ますます感じる。

どれほど相手の立場に立てるか

どんなに色んなことが出来ても、

 

結局は「人」が問われる。

 

どこに向かっているか、

 

誰のために向かっているか、など。

 

随分前だったら気にならなかっただろうことも、

 

今の視点・価値観の自分には気になること。

 

どれほど相手の立場に立てるか。

 

そういうことを考えさせられた瞬間が

 

今日もあった。

アップデートし続ける

僕たちは常に学び続けることが大事だ。

 

常に自分自身をアップデートし続け、

 

自分の次の人、次の世代にさらに良いものを

 

受け継いでいくこと。

 

”受け継ぐ”なんて大げさかもしれないけど、

 

良いものを次に繋いでいく、伝えていくこと。

 

そのために自分の枠の中の”良いもの”にとどまらず、

 

周りにも目を向け、アップデートしていくこと。

 

自分自身、この1年ぐらいで、

 

目まぐるしいほどにアップデートが行われている。

 

しかもまだまだ現在進行中である。

 

 

ジタバタせずに

自分の予定(想定)していたように

 

物事が進まないことが起こったり、

 

思いも寄らないことが起こって

 

時間が思う様に使えないようなことがあると、

 

根本にある自分の考え方が試される気がする。

 

その瞬間に、自分が何に価値を置くかが問われる。

 

何としてでも自分の予定(想定)に近いように

 

物事を進めようとすることもあるし、

 

ただただ時間が思う様に使えないことに

 

不満を覚えるということもあり得るし、

 

その時にジタバタせずに、”今”の時間の有効活用が

 

何かを考えて行動に移すこともある。

 

どれがいいとか悪いというよりも、

 

今日はジタバタせずに時間の有効活用の

 

大事さを学んだ気がする。

自分自身を整理する

体の中の要らないものを捨て、

 

体をリフレッシュするかのように、

 

この時期は、一年のうちにたまった

 

”要らないもの”を見つけ、

 

それを捨て、自分自身を整理する。

 

そういう時期なのかもしれない。

 

そのためには、自分にとって

 

何が要るもので、何が要らないものかという

 

価値基準が必要になる。