楽しい近道

結果が出るにはもう少し時間が必要なのに


どうにかして早く結果を出そうとして


先走りそうになったり


近道しようとしたりする。


それは人間関係の力を使ったり


地位や立場の力を使ったり


お金の力を使ったり。


でも、子どもを見てると


毎日コツコツ学び、練習し、遊びの中で


人間関係を築いている。


自分の外にある力を使った


先走りや近道なんて、


子どもの頃は思いつきもしなかったし、


そんな近道を知ったとしても


それが楽しいとか嬉しいなんて


思わなかっただろうなー。


やっぱり、楽しい「近道」を


選べる大人でいたいなーと思う。



心と体

体と心が繋がっているということを


最近よく感じる。


体に痛みがあれば


どこか気持ちも晴れずに


後ろ向きに考えてしまったり、


心のどこかに痛みがあれば


体も本来の力を発揮できなかったり。


もちろん調子がいいときは


その逆のようにもなる。


つくづく人間はよくできているなーと


思わされる。

どんな場所においても

”自分”という個人の枠を超えて

 

チームとして何が出来るのか、

 

何を目指すのか、

 

何をしたらいいのか。

 

”正解”というものは無いのかもしれないけど

 

少しでもそこに関わる人たちが

 

活き活きとしたものになることを

 

目指してやっていくこと。

 

自分が属しているどんな場所においても

 

そんなものをやっていきたいなーと思う。

サイズ感と幅

とても自由そうにみえるけど、

 

実のところ、ものすごく見えない”不自由”が隠れている

 

ってことが結構あったりする。

 

小さい考えの中で、小さく狭い認識と理解でいることは

 

とんでもなく不自由なんじゃないかと思う。

 

飛行機に乗ればどこにだって行ける時代に

 

徒歩だけでやっていこうとすることみたいに。

 

そうではなくて、”飛行機にも乗れるけど

 

今回はあえて徒歩を選ぼう”という

 

サイズ感と幅が自由に生きていくことには

 

必要なんじゃないかと思う。

 

成長のスピード

時に僕たちは波の荒い海に出るよりも

 

荒れることがほとんどない湖の中で過ごし、

 

その中でなんとかしようとしたりする。

 

試練にほとんどもまれることのない場所にいるなら、

 

成長のスピードは決して速くはない。

 

湖の中のような”やさしさ”に守られていることを

 

いつも選ぶような生き方に、

 

果たして「夢」や「目指す姿」はあるんだろうか?

 

そして、夢を目指すのに、その成長のスピードで

 

いいのかどうかを今一度考えてみることは大事だと思う。

半分ぐらい伝えられたなら

どんなことでも「人に伝える」

 

ということは結構難しい。

 

でも、人と何かを一緒にやろうとするとき、

 

何も伝えずに一緒にやることは、

 

これまた難しい。

 

人と何かを一緒にやろうとするときには、

 

伝えようとすること、

 

理解してもらうようにすることが必要だ。

 

そして、半分ぐらい伝えられたなら

 

多くの場合、それは人に任せることができたりする。

 

で、半分ぐらい伝わったチームと一緒に

 

何かをやることは”かなり楽しい”ことに発展していく。

 

そうやって「熱いチーム」が出来ていくんだと思う。