”失敗をしない”やり方を選んでないか

人に教える仕事をしているとき、

 

生徒の多くが小さな考えをし、

 

”失敗をしない”やり方を選ぼうとしていることを

 

感じたことがある。

 

壁にぶつかり、逆境を克服し、

 

自分の足りない部分を伸ばし、

 

チャンスをつかみにいくという姿勢がそこにはない。

 

でも、1つ言えることは、

 

「壁にぶつかったりして、失敗を経験し

 

感じる”本物の危機感”は、

 

成功につながる道への

 

大きな、そして決め手となる一歩になりえる」

 

ということ。

 

その一歩なしに、成長・成功をつかむことは難しい。

”欲すること”と”選ぶこと”の違い

あるチェスの世界チャンピオンが書いていた記事がある。

 

「何かを”欲すること”と”選ぶこと”には違いがある。

 

世界チャンピオンに”なりたいと思う”ことと

 

世界チャンピオンに”なることを選ぶ”ことは全く違う。」

 

彼曰く、『”なりたいと思う”とすると、

 

きっと必要な努力をしそこない、たどり着きたいゴールに届かず

 

失望や後悔を味わうだろう。

 

でも、”なることを選ぶ”なら、

 

「自分の選択を、行動や決意を通して表明していくことになる。

 

全ての行動で”これが自分だ”と示していくことになる」』

 

これほどまでに違いがある。

 

客観視する

どんなことでも一度、客観視することは大事になる。

 

というのも、プロジェクトや取り組み、

 

組織や人間関係に対する僕たちの持つ”印象”というのは

 

結構いい加減なもので、見たとき・接したときの感情に

 

印象が大きく左右されたりする。

 

印象の先にある事実が見えてないということも多々ある。

 

時間を置いたり、記録したものやデータなどを

 

振り返ったりすることで、視点や印象の不純物を

 

取り除くことができる。

 

それがいわゆる「客観視する」ということに繋がる。

 

こういう作業をしないまま日々進んでいくと、

 

進むべき方向を間違ってしまう。

 

自分たちの取り組みの結果が一旦出たら、

 

少し時間をおいてから、真っ直ぐに向き合うことが大事になる。

 

 

努力とは100%

僕たちはどこかで”努力には程度がある”と思っている。

 

50%の努力があれば80%の努力があり、

 

100%の努力もあるという風に。

 

ただ、努力という意味から考えるなら

 

100%以外のものを努力というのだろうか。

 

ほどほどではなく100%でやるからこそ、

 

必要なプレッシャーが生まれ、

 

自分に足りないことが見えてきたりし、

 

大事なことが吸収できるのだと思う。

 

100%の取り組みが自分を成長させ、

 

何かを成し遂げることができる。

本物への道

本物に触れると本物になりたくなる。

 

これは自然は感覚なんだと思う。

 

ただ、そのために努力を積み重ねることが

 

できる人は、そう多くはない。

 

それは、努力し続けることが簡単ではない

 

ということもあるし、

 

分析し、どういう努力をしていけばいいのかが

 

分かるということ自体、簡単ではないからだ。

 

うわべではなく、原則を掘り下げて理解すること。

 

それと努力が重なり合うとき、

 

本物へと近づいていくのだと思う。

1つの条件でしかない

先日のJournalにも書いた欠点について。

 

どんな人にも大なり小なり欠点がある。

 

ただ、欠点をどのように扱うかが鍵になる。

 

欠点をネガティブにとらえ、欠点があるゆえに

 

物事が上手くいかないかのように見ることがある。

 

でも、欠点は”1つの条件”でしかない。

 

それは、あなたという存在の中にあるたった1つの条件。

 

自分の欠点なる要素をたった1つの条件と考えたとき、

 

僕たちはそのこと故に言い訳するということはできない。

 

なぜなら、他のたくさんの要素・条件で

 

解決し、前進することができるからだ。