チームで進んでいく

チームとして進み始めるとき、

 

必ずしもそこにいる全員が同じ視点、

 

同じ方向を向いているとは限らない。

 

というか、ほとんどの場合、そうではない。

 

1歩先が見えている人、10歩先が見えている人、

 

今しか見えていない人、、、、。

 

そして、周りの人のことまで見えている人もいれば

 

自分のことしか見えていない人もいる。

 

こういうことを考えると、チームで進んでいくって

 

相当大変だなって思えるけど、

 

こんなケース、ものすごく多いんじゃないかなって思う。

 

しかも、そんなチームを同じ方向を向いて進んでいくように

 

導いていくっていう作業がものすごく楽しかったりする、

できるまで

まだできてないようなことでも


形を整えて、表面をそれなりに整えれば


「できている」ように見せることはできる。


でも、無人島とか他に頼るものがないような


状況に置かれた時に、


"形や表面が整っている"なんていうのは


なんの役にも立たない。


"食料を手に入れた"とか"できた"っていうのが


必要なんだよね。


"一応、なんとなくできます"っていう


答えや提案はまったく意味がない。


一人前に思われるような言葉や行動じゃなくて


「できるようになるまでやったから、できる」


っていうのが大事なんだと思う。

全力や誠実

全力とか誠実とかいうのは

 

結果じゃなくて姿勢のことなんだよね。

 

下手でも、弱くても、未熟でも、

 

ほとんど誰でも全力を尽くすことや

 

誠実であることはできる。

 

しかも、全力や誠実は自分でできているか

 

判断できるところがこれまたいい。

 

僕らは弱いから、自分にウソをついたりするけど、

 

そこで「あ、できてない」って気づくことによって

 

さらに全力や誠実に近づいていくことができる。

 

あらためて、だれでも全力を尽くすことも

 

誠実であろうとすることができるってのがいいよね。

楽しそうを与えている

"嬉しそう"とか"楽しそう"


と人から見られたり思われることは


いいことなんだよね。


"しんどそう"とか"たいへんそう"というふうに


見られてないことは


素晴らしいことなんじゃないかな。


だってその人は、見ている人に


「楽しそう」な気分を与えているから。


自分が何かのリーダーとかであればあるほど


こういうことって大事になってくるよねー。

ほんとうに好きで生きていく

”何かがほんとうに好きでやる”とか

 

”何かがほんとうに好きでチャレンジする”とかって

 

理想的だなーって思う。

 

たとえ靴1つとってみても

 

”この靴、ほんと好きだなー”って思う


ところから始まり、

 

”ずっと履いてるけど、ずっと好きだなー”


っていう感じ。

 

でも、好きな気持ちは心のどこかにあるけど

 

外からのプレッシャーとかがやる動機に

 

なっちゃってることを結構目にすると、


なんかもったいない気がする。

 

やっぱり”何かがほんとうに好きで生きていく”


ってほんといいよね。

 

 

抜け出せる道がある

めちゃくちゃ単純なことなんだけど


人は穏やかな人には穏やかに接するし


トゲトゲしい人にはトゲトゲしく接する。


疑い深い人には疑い深く接するし


こころ開く人にはこころ開いて接する。


こんなに単純な原則なんだけど


分からない人は、なかなかこれをわかろうと


しないのが現実。


いつまでも相手の言動を問題にして


相手の言動を変えようとしてる。


戦って、疲れて、の繰り返し。


そこから抜け出せる道があるんだけどなー。