突き詰めたくなる

性格なのか、今までの育ち方・生き方からなのか、

 

環境からなのか、どうもやり始めたことは

 

納得のいくところまで突き詰めたくなる。

 

そういうことが仕事になっていくかどうかは

 

やっている最中は考えてないんだけど、

 

いつの間にか好きでやってることが

 

仕事になるってことが1つのパターンである。

 

今もいくつものことを同時にやっていて、

 

時間がいくらあっても足りない感じは否めないけど、

 

それでも一つ一つを突き詰めることを見ながら、

 

すべてを同時に、同じ熱量では取り組めないけど、

 

マネージメントしながら取り組んでいくことは

 

やりがいがある。

 

 

惜しみなく与える

人が必要としていることを惜しみなく与えること。

 

できそうで簡単にはできないのかも。

 

出し惜しみをしてみたり、自分を小さく見て

 

与えるものなんてないと思ってしまったり。

 

与えるためには自分の持っているものを

 

きちんと理解しておくってことも大事な気がする。

 

「惜しみなく与えます」っていってくれる環境が

 

あることはほんとありがたいこと。

 

そして自分も与えてもらったものを

 

惜しみなく次に与えていきたいなあ。

 

 

 

バランスが大事

いくつかのことに取り組んでると、

 

いつのまにかバランスが崩れてきて、

 

すべてが上手く進まなくなったりする。

 

もっと根本的なことをいえば、

 

食事も大事、睡眠や休息も大事。

 

そこがおろそかになり、いい状態で

 

取り組めなくなるのは元も子もない。

 

さあ、バランスを整えよう。

 

 

感謝がなくなるとき

人が精一杯、自分のためにやってくれているようなことも

 

慣れてくると、それが当たり前になり、

 

それが過ぎると、さらに求めるようになる。

 

いや、そもそも自分のために時間や労力を犠牲にして

 

やってくれていることが本当にありがたいことなのに

 

それを忘れて”ちゃんとやってくれてない”なんて、

 

どれだけその状況に盲目なんだろう。

 

でも、人ってそうなりやすい。

 

「感謝をいつも忘れない」といわれるのは

 

感謝がなくなると、人はすぐに盲目になるからだと思う。

 

感謝はものごとの原点であり出発点。

 

 

体験を盗まない

人は自分で体験し、考え、発見したことは長期記憶として

 

長い間覚えているけど、

 

人から言われてやったこと、人から言われて知ったことなどは

 

2日後には記憶からほとんど消えてしまう。

 

だから僕たちは何かを人に教えたり、指導したり、アプローチするとき、

 

考える必要がある。

 

よく言われることは、

 

「人の体験を盗まない」

 

ということ。

 

子育てなんて分かりやすい例だと思うけど、

 

子どもが自ら気付いて、考えて、やろうとすることを待たずに

 

”〜をやりなさい”とか”こうしたらいい”とか言うことは

 

子どもの「気付く、考える、自分からやる」という体験を

 

盗んでしまうことになる。

 

とかいうことを大人も考えだすところから

 

大人自身の体験が始まったりする。

 

 

簡単には揺るがない

感覚的に理解していることって以外とたくさんあったりする。

 

また、経験的に分かっていることもあったりする。

 

でも、しっかりとした裏付けがある理論・考え方・やり方は

 

簡単には揺るがない。

 

しかも、それらのことは伝えやすい。

 

そういう経験を久しぶりにさせてもらった。

 

感覚としては、なんか清々しい気分。

 

それと同時に、もっと学びたくなったし、

 

もっと深く理解したいと思うようになった。

 

いくら学んでも、学びきることはないだろうけど、

 

この道は楽しくて仕方ない!