Good Smile

今日は、とある農芸高校の学園祭に足を運んだ。
農芸高校という場所に行くのは初めてで、どんな所だろうと思いつつ高校に向かった。

普通の高校の学園祭とは違い明らかに学校外の人が多く来ていて盛り上がっていた。牛や豚、羊、ヤギ、鶏、そしてアヒルまでいた。
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また、農芸高校ということで、野菜や牛乳、チーズ、ジャム、花など色んなものが販売されており、自分達も花や野菜を購入した。
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この花の名前がとても素敵で”グッドスマイル”という名前の花である。

最近、TVや新聞で報道される学校や生徒の悲惨な事件。
毎日、そんなニュースを目にすることが当たり前になっている。

今日足を運んだ高校の生徒達を見ていると、確かに色んな子達がいた。
派手な子や、やんちゃをしてそうな子、地味な子もいれば色んな子がいる。
でも、彼らは冷めた態度で参加しているのではなく、素敵な笑顔で学園祭を楽しんでいるように見えた。

彼らの中身を知っているわけではないけど、彼らは仲間と共に何かをする楽しさや喜びを知っている、そんな笑顔にも見えた。

そんな素敵な笑顔をした学生達を、これからも、もっと見ていきたいと思った時だった。

my birthday

今日は私、Yoshi Blessedの誕生日だった。
僕はあまり自分の誕生日を大事にしていない。というか、誕生日に何か特別なことをしたいとあまり思わないほうである。

というと語弊があるかもしれないが、家族や友人の誕生日や記念日を祝うほうが好きなのである。

アメリカの友人達からHappy Birthdayのメールをもらったり、バースデイ・ディナーに行ったりと、時を過ごした。

多くの人が”年を重ねるごとに一年が早く感じるようになる”と言っているが本当だろうか?
そんな実感が沸いてこない今日この頃。
自分がやるべきこと、できることに対して精一杯取り組んでいきたい。

今日から来年の誕生日までの一年も実り多き日々になることを願っている。

YMCA

今日は大阪は土佐堀にあるYMCAにてLogos Dance Projectの方々と共にパフォーマンスをさせていただいた。

土佐堀カーニバルという題目で色んな出演者が出ていた。
ブラスバンドや尺八などの和楽器の演奏などなど、自分達はかなり場の雰囲気から浮いていたとは思うが楽しんでパフォーマンスができた。

小さい子供からおじいさんおばあさんまで幅広い年齢層の方々が聴いてくださった。自分の事を知っている人がほとんどいない場所でパフォーマンスすることは、自分にとって、とてもいい刺激になるし、自分がラップをする目的を再確認させてくれる。

”一体自分は何を伝えたいのか”ということを再確認できる。
”自分が上手くラップできる”ということを見せたいのか”自分のかっこよさ”を表現したいのか、、、、。

やはり自分はゴスペル・アーティストとして、”ゴスペルにある真理”を伝えたいし、今日もそのことを考えながらラップすることができた。

どれぐらいの人たちにゴスペルのメッセージが届いたのかは分からないが、スタッフの方やそのお知り合いの方々は喜んでくださり、”このメッセージをもっとたくさんの若者に聴いてほしい”と言ってくださった。

一人でも多くの人に、真理のメッセージを届けていきたいと思う。

Problem

私たちは、人に何かを習ったりすることがある。それが、自分からの時もあるし、誰かに勧められ習う事もある。

なぜ人に習おうと思うのだろうか?また、なぜ人に習う必要があるのだろうか?

それは一つに、私たちに向上すべき点、改善すべき点があるからだろう。
言い方を変えるなら、どこかに問題があるということだ。

そして、何かを習う時、私たちはへりくだった態度で臨むべきだろう。
高慢な態度で自分の問題を隠しながら、何かを習うだろうか?

はっきり言って、それは無意味だと思う。何かを習うということは、その問題となっている部分を変えられるということをも意味する。

変えられようとしているのに、肝心の問題部分を隠すなら、何を変えてもらおうというのだろうか?

これは”習う”ということだけにいえることではなく、自分自身の変えられるべき問題についてもいえるだろう。
変えられたいのに、問題を認めないなら変えられることはないのではないだろうか。
そのことをつくづく感じる。

問題を認め、そして変えられるように求める。そういう態度で日々歩みたい。

Correspondence

今日、仮レコーディングのためにいつもとは違う方法で機材を接続し、いざレコーディングをしようとすると、、、思うような音で録れない!!

おかしい。ノイズがのっているし、信号も安定していない。何がおかしいのかと機材のツマミやボタン、裏のパネル、接続方法などを調べまくった。
その機材メーカーのホームページも見て、FAQを読みあさったが、たいした情報を得られない。

どうなっているんだろうか?と首をかしげながら、パソコンのソフトの方の設定が間違っているんだろうかと、色んなところを調べた。だが、それでも解決策は見つからず、従来の方法でやろうかと諦めかけていた。

そして、友人がビートの編集にMy Studioに来ることになっていたので、少し散らかった機材を片付けていると、ふと”そういえばあの部分の設定は合っているものとして考えていたが、よくよく考えれば、このノイズの原因もその部分の設定間違いなんじゃないか?”と思い、もう一度機材裏を見て、設定しなおすとどうだろうか。

ばっちりレコーディングできるではないか!!
なんとも初歩的な見落としだった。一方の機材から送っている信号と受ける側の信号の値が違っていたせいで、こんなことになっていたのだ。

このトラブルを思ったときに、こういう事って人間関係にもあるだろうなーと感じた。一方はみんなと仲良くやっていきたいと思っていても、もう一方は、相手のことを自己中心と感じていたり。

また、アーティストとしてもこういう事はあるだろうと思う。自分がGospelのメッセージを届けようと思っていても、聴く人たちには自分がGospelのメッセージを伝えようとしているようには思えないなど、、、、。

人間関係の中で、互いが通じ合うことは簡単ではないかもしれない。
だが、Gospelのメッセージ(真理)につながる時、本当の意味で互いが通じ合い、つながり合うことができるのではないかと思う。

My Stage

前回のJournalでは人が成長するということについて書いたが、今日ある人と話をしている中で考えさせられたのは、色んな年齢の人がいる中で、みんな年相応の成長を遂げているのだろうかということ。

年齢が〜歳だからこうでなければならないとは全く思わないが、社会の中で生きていくものとして、相手に失礼なことをしないように、また不快に感じさせないように心がけることは必要なことだろう。また、自分に出来ることをするということも、当然ながら必要なことだろう。

また、もし自分が8歳の子供と接しているとして、その子供に18歳のような振る舞いを期待するだろうか?

自分自身を考えた時、果たして自分は年相応の成長を遂げているのかどうかは、ハッキリ分からないが、決して現状に甘んじることなく、常に成長し続けることを求めたい。

”これぐらいでいいだろう”という妥協や甘えではなく、次の段階(ステージ)に進むために。