A Material Society

日常生活の中で僕たちは”何か”に頼ろうとする。それは人かもしれない。物かもしれない。感情や知識、名誉など目に見えないものかもしれない。日本という物質に恵まれた国に住んでいるのだが、どれほどの人が”物”に頼り生きているだろうか?

周りにも”物”に頼り、それが人生の中心であるかのように生きている人たちがいる。僕たちが、優れた物を使うことは決して悪いことではない。だが、それが人生の中心になり、依存してしまうことは僕たちに与えられている人生の本来の目的からずれてしまうことになるだろう。

僕たちは何のために生まれ、何のために生きているのか。見当違いな生き方をしていないだろうか?この物質社会にあって、今一度考えてみるべきだと思う。

We are Changed

最近、親しい人たちの人生が変えられていくことを目の当たりにしている。皆さんは人生が変えられていくと聞くと、どのようなイメージを持つだろうか?ある人は悪い方向に変えられていくことを想像するかもしれない。

でも今、目の当たりにしている”人生が変えられている”人たちは間違いなく素晴らしい方向に変えられている。今この時だけの利益のため、得のため、都合のために変えられているのではなく、”永遠”のために人生が変えられている。

”永遠のため”に人生が変えられるということは、この世の中の富や名声、安定、快楽、自己中心のために生きるのではなく、私たち一人一人を愛するが故に造ってくださった神様(イエス・キリスト)と共に人生を歩むことを受け入れ、選択することだと思う。

それを選び、人生が変えられている友人が言った言葉。「私たちがどんな状況でも、いつも愛してくださっている、そんな神様(イエス・キリスト)が大好きです!!」

その言葉を聞いた時、感動と同時に自分の人生の目的を再確認することができた。人は神様の素晴らしい愛(=ゴスペル)によって変えられていく、そんな姿をこれからも見続けていきたいと思う。

Greatest Love

仕事柄か色んな人と日々出会うことができる。情熱的な人もいれば、一歩引いている人もいる。心オープンな人もいれば、閉ざしている人もいる。本質にこだわる人もいれば、うわべを気にする人もいる。

色んな人がいる。だが、一つ、確かなことがある。

それは誰一人例外なく、すべての人が大切な存在ということ。

自分はゴスペルのメッセージである”変わることのない愛、希望、喜び”を伝えるためにラップをし、曲やトラックを作り、イベントをしたりする。また、人に会い、話をしたり、一緒に遊んだり、食事をしたり、祈ったりする。

聖書を通し、神様はこのように言っている。

”私はあなたを愛している”。

この言葉を真剣に受け止め、歩んでいきたい。

Unity

先週末の東京での数日間も素晴らしい時だった。Unity Festでは東京のアーティストの方々はもちろん、普段会うことができないゴスペル・アーティストの方々とも会うことができた。

そんな中でも神様は会うべき人達と会わせてくださり、また話をする時間を与えてくださるということを、改めて実感した。共に立ち上がり、同じスタンスで歩もうとしている仲間と出会わせてくださる。

僕達は物理的に離れていても一致し、熱くゴスペルのメッセージを伝えていく者でありたい。そして、そこには微塵の妥協もない。そんな仲間との出会い、分かち合う時間に感謝。

Revive Vibration

明日から週末にかけてライブ出演のため東京に行く。というのも、"Revive Vibration"というゴスペル・イベントに出演させてもらうことになっているからである。10組を超えるゴスペル・アーティストが集まり、それぞれに与えられた才能を用いて、サウンドを奏でる。

このイベント自体も楽しみだが、東京で色んな人に会うこと、話をすることも楽しみにしている。

情熱に溢れた人、与えられた才能を存分に用いている人と会うと、とても刺激を受ける。そして会話を交わす中で、また新しい事が始まろうとする。

そんな時を期待し、また自分自身やるべき事を行えることを期待し、東京に行きたいと思う。

Hot Spring

十何年かぶりに有馬温泉に行ってきた。本当に久しぶりだ。普段の生活から少し離れ、ゆっくり時間を過ごした。

自分は温泉や風呂にゆっくり入ることが好きな方ではないが、静かで落ち着いた空間で、食事をし、ゆっくりと話をしたりと、リラックスすることができた。

普段の生活の中で、知らず知らずのうちに肩に力を入れてしまっている人も多いと思うが(特にサラリーマンの方々など)、こういう時間を通して自分自身を見つめなおすことができる。

人生の中で本当に大切なものは何か、自分の歩むべき道はどこか、そしてどれぐらいその道を歩むことに対して本気か。

生ぬるい歩み方ではなく、いつも熱くありたいと思う。