YMCA

今日は大阪は土佐堀にあるYMCAにてLogos Dance Projectの方々と共にパフォーマンスをさせていただいた。

土佐堀カーニバルという題目で色んな出演者が出ていた。
ブラスバンドや尺八などの和楽器の演奏などなど、自分達はかなり場の雰囲気から浮いていたとは思うが楽しんでパフォーマンスができた。

小さい子供からおじいさんおばあさんまで幅広い年齢層の方々が聴いてくださった。自分の事を知っている人がほとんどいない場所でパフォーマンスすることは、自分にとって、とてもいい刺激になるし、自分がラップをする目的を再確認させてくれる。

”一体自分は何を伝えたいのか”ということを再確認できる。
”自分が上手くラップできる”ということを見せたいのか”自分のかっこよさ”を表現したいのか、、、、。

やはり自分はゴスペル・アーティストとして、”ゴスペルにある真理”を伝えたいし、今日もそのことを考えながらラップすることができた。

どれぐらいの人たちにゴスペルのメッセージが届いたのかは分からないが、スタッフの方やそのお知り合いの方々は喜んでくださり、”このメッセージをもっとたくさんの若者に聴いてほしい”と言ってくださった。

一人でも多くの人に、真理のメッセージを届けていきたいと思う。

Problem

私たちは、人に何かを習ったりすることがある。それが、自分からの時もあるし、誰かに勧められ習う事もある。

なぜ人に習おうと思うのだろうか?また、なぜ人に習う必要があるのだろうか?

それは一つに、私たちに向上すべき点、改善すべき点があるからだろう。
言い方を変えるなら、どこかに問題があるということだ。

そして、何かを習う時、私たちはへりくだった態度で臨むべきだろう。
高慢な態度で自分の問題を隠しながら、何かを習うだろうか?

はっきり言って、それは無意味だと思う。何かを習うということは、その問題となっている部分を変えられるということをも意味する。

変えられようとしているのに、肝心の問題部分を隠すなら、何を変えてもらおうというのだろうか?

これは”習う”ということだけにいえることではなく、自分自身の変えられるべき問題についてもいえるだろう。
変えられたいのに、問題を認めないなら変えられることはないのではないだろうか。
そのことをつくづく感じる。

問題を認め、そして変えられるように求める。そういう態度で日々歩みたい。

Correspondence

今日、仮レコーディングのためにいつもとは違う方法で機材を接続し、いざレコーディングをしようとすると、、、思うような音で録れない!!

おかしい。ノイズがのっているし、信号も安定していない。何がおかしいのかと機材のツマミやボタン、裏のパネル、接続方法などを調べまくった。
その機材メーカーのホームページも見て、FAQを読みあさったが、たいした情報を得られない。

どうなっているんだろうか?と首をかしげながら、パソコンのソフトの方の設定が間違っているんだろうかと、色んなところを調べた。だが、それでも解決策は見つからず、従来の方法でやろうかと諦めかけていた。

そして、友人がビートの編集にMy Studioに来ることになっていたので、少し散らかった機材を片付けていると、ふと”そういえばあの部分の設定は合っているものとして考えていたが、よくよく考えれば、このノイズの原因もその部分の設定間違いなんじゃないか?”と思い、もう一度機材裏を見て、設定しなおすとどうだろうか。

ばっちりレコーディングできるではないか!!
なんとも初歩的な見落としだった。一方の機材から送っている信号と受ける側の信号の値が違っていたせいで、こんなことになっていたのだ。

このトラブルを思ったときに、こういう事って人間関係にもあるだろうなーと感じた。一方はみんなと仲良くやっていきたいと思っていても、もう一方は、相手のことを自己中心と感じていたり。

また、アーティストとしてもこういう事はあるだろうと思う。自分がGospelのメッセージを届けようと思っていても、聴く人たちには自分がGospelのメッセージを伝えようとしているようには思えないなど、、、、。

人間関係の中で、互いが通じ合うことは簡単ではないかもしれない。
だが、Gospelのメッセージ(真理)につながる時、本当の意味で互いが通じ合い、つながり合うことができるのではないかと思う。

My Stage

前回のJournalでは人が成長するということについて書いたが、今日ある人と話をしている中で考えさせられたのは、色んな年齢の人がいる中で、みんな年相応の成長を遂げているのだろうかということ。

年齢が〜歳だからこうでなければならないとは全く思わないが、社会の中で生きていくものとして、相手に失礼なことをしないように、また不快に感じさせないように心がけることは必要なことだろう。また、自分に出来ることをするということも、当然ながら必要なことだろう。

また、もし自分が8歳の子供と接しているとして、その子供に18歳のような振る舞いを期待するだろうか?

自分自身を考えた時、果たして自分は年相応の成長を遂げているのかどうかは、ハッキリ分からないが、決して現状に甘んじることなく、常に成長し続けることを求めたい。

”これぐらいでいいだろう”という妥協や甘えではなく、次の段階(ステージ)に進むために。


Growing Up

人は成長する。良い方向にも、悪い方向にも。
普段色んな人と接しているなかで、そのどちらも目にすることがある。
いや、むしろ後者のほうが多いのかもしれない。

自分が関わっている人が成長していく姿を見るというのは、どんな気持ちになるだろうか?僕は実際、そんな姿を見る時に喜びを覚える。
自分の力ではなく、真理のメッセージにより成長していく姿を見る時に、感動を覚え、生きがいをも感じる。

当たり前だが、僕達は人前に立つ時間より、そうでない時間のほうが多い。人前で立っているときだけではなく、普通に生活をしている時にもメッセージを発していかなければならないと思う。
いや、むしろ発していく者でありたい。

そして、それを受け取った人たちが変えられ、成長していく姿をこれからも見続けていきたい。


The Fellowship

今日は先月のGospel Holy Night vol.3の打ち上げとゴスペル・アーティスト同士の交わりを兼ねて、何人かのアーティスト、ミュージシャンで集まり食事をした。
時にそれぞれが与えられた色んな場所で活躍し、また時にそれぞれが集まり、一つのイベントやCDなどで共に働く。

みんな色んな想い、モチベーション、メンタリティーで活動していると思う。色んな情熱を持ち、アーティストとして活動しているだろう。

文章では上手く表現できないが、そんな一人一人が集まり、普段の活動の話をしたり、プライベートな話をしたり、励ましあったり、時に厳しい話をしたりと、互いに建て上げていける関係をこれからも作っていけたらと思う。

これからも少人数でも大人数でも集まり、色んなことを分かち合い、祈りあっていきたいと思う。