father's Day

いつも通っている教会にて父の日のスペシャルイベントとしてJoshua氏のミニコンサートを行なった。彼の歌声は素晴らしく、またMCもおもしろく楽しい時間だった。

今日は父の日なのだが、みなさんはこの日に何を感じるだろうか?

周りには素晴らしいお父さん達がたくさんいるし、また自分の父親もとても素晴らしい存在で尊敬している。だが、今年の父の日は今までとは違う。

というのも、僕自身、数ヵ月後には実際に父親としての生活が始まるという立場にいるからだ。本当に楽しみで仕方がない。色々と難しいところも通るだろうが、それにも増して喜びに溢れた日々になると思う。

そして来年の父の日は今年とは違った日になるだろう。

to serve

コンサートの出演などで色んな場所に行かせていただくことがある。また、いつも通っている教会に行くし友人の家に行くこともあれば実家に帰ることも当然ながらある。皆さんも少なからずそういった機会があると思うが、その時の心はどんなものだろうか?

少し変な質問かもしれないが、考えたことがあるだろうか。

友人の家に行く時、実家に帰る時、もてなされることを考えながら帰っているだろうか?何かを受ける・与えられることだけを考えて足を運んでいるだろうか?

確かに僕たちは受けることはある。その場所で安息を得たりするだろう。だが、自分自身がいつも心がけるというか思っていることは”仕えること”だ。

その場所に行き、もてなされることが当然なのではなく、”仕えること・与えること”を考え足を運ぶ。聖書の中にも”与えれば、与えられる”という原則が書いてある。この世の中の”いかに与えてもらうか”という文化に真っ向から挑んだ歩み方をしたいものだ。

bias

しばしば感じることだが、同じ環境というか同じコミュニティーにある程度長い時間いると、そこでのやり方、方法、考え方に疑問を持つことを忘れてしまいがちになる。

これは同じ環境、コミュニティーに長い時間いてはいけないということではない。だが、何か新しいことを始める時に不必要な先入観を持ってしまいがちだ。”今までこのやり方だったから、これからもこのやり方で、、、”というように。だが、もっと良いやり方があることを求めることは大切だと思う。

時には外からのインプットも必要だ。

imperfect

昨日のJournalでは、人を”裁く”ことについて少し書いたのだが、それにつながるというか関係していることで最近感じていることに”同意”ということがある。このことについて詳しく書くのはもう少し自分自身の中で整理できた時点になるとは思うが、今の時点で感じていることを少し分かち合いたいと思う。

まず、僕たちは一人で生きるようには造られていないと思う。人は一人では産まれてこないし(親を通して産まれてくる)、あらゆるコミュニティの中で僕たちは育ち、また生活している。そんな中で、誰もが”同意”ということを頭で考えないにしても、肌で感じていると思う。

人は誰一人として同じ人間はいないのだから、すべてが全く同じ考え、やり方ということはありえないだろう。そんな中で、僕たちには選択肢がある。それは、人と同意できる部分をベースとして接していくか、それとも同意することのできない部分をベースとして接していくのか。

すべての事について完全な人は一人もいない。それを踏まえたうえで、どちらを選択するだろうか。今一度考えてみる価値があると思う。

Judge

仕事柄か日々色んな人と出会うことが多い。これは特権だと思う。そういった出会いの中で、普段気付かないこと、忘れてしまっていることを思い返すことが出来る。また、新しいインプットが与えられる。

全然接点などないような人とも、いつの間にか同じ方向を向いて仕事をしようとしていたり。もちろん逆の場合もある。でも、どんな人からも学ぶことがある。

僕たちは、立場が変わっていくなかで、気付かないうちに先入観を持って人を見てしまったり、裁いたりしてしまうことがある。でも、日々思わされるのは僕たちは裁く立場にはいないということ。僕たちは人を裁くためにつくられているわけではない。

僕たちは人を愛し、希望を与え、また導くために造られていると思う。どんな仕事をしていく中でも、フレッシュな気持ちで取り組んでいきたいと思う。

Clash with

普段の生活の中で、学校で、家で、職場で、その他、色んな場所で意見を”ぶつけ合う”ことはあるだろうか。この”ぶつけ合う”というのは決して悪い意味での”ぶつけ合う”ということではない。

日本人は特にかもしれないが、いかに意見をぶつけずに済まそうかということを考えて、自分の意見を言うことがある。もしかしたら意見をぶつけたくないがために意見を持つことを放棄している場合もあるかもしれない。

だが、そのような態度、環境で私たちの”こころ”は育っていくのだろうか?養われていくのだろうか?

意見をぶつけ合うことの大切さを今、学んでいる。感情的にではなく、冷静に、且つ相手の人格を傷付けずに意見をぶつけ合うこと。そういった豊かな人間関係を通しても成長していきたいと思う。最近読んだ本からも少なからず学んでいるので明日以降にも感じたこと、学んだことを書いていきたい。