bias

しばしば感じることだが、同じ環境というか同じコミュニティーにある程度長い時間いると、そこでのやり方、方法、考え方に疑問を持つことを忘れてしまいがちになる。

これは同じ環境、コミュニティーに長い時間いてはいけないということではない。だが、何か新しいことを始める時に不必要な先入観を持ってしまいがちだ。”今までこのやり方だったから、これからもこのやり方で、、、”というように。だが、もっと良いやり方があることを求めることは大切だと思う。

時には外からのインプットも必要だ。

imperfect

昨日のJournalでは、人を”裁く”ことについて少し書いたのだが、それにつながるというか関係していることで最近感じていることに”同意”ということがある。このことについて詳しく書くのはもう少し自分自身の中で整理できた時点になるとは思うが、今の時点で感じていることを少し分かち合いたいと思う。

まず、僕たちは一人で生きるようには造られていないと思う。人は一人では産まれてこないし(親を通して産まれてくる)、あらゆるコミュニティの中で僕たちは育ち、また生活している。そんな中で、誰もが”同意”ということを頭で考えないにしても、肌で感じていると思う。

人は誰一人として同じ人間はいないのだから、すべてが全く同じ考え、やり方ということはありえないだろう。そんな中で、僕たちには選択肢がある。それは、人と同意できる部分をベースとして接していくか、それとも同意することのできない部分をベースとして接していくのか。

すべての事について完全な人は一人もいない。それを踏まえたうえで、どちらを選択するだろうか。今一度考えてみる価値があると思う。

Judge

仕事柄か日々色んな人と出会うことが多い。これは特権だと思う。そういった出会いの中で、普段気付かないこと、忘れてしまっていることを思い返すことが出来る。また、新しいインプットが与えられる。

全然接点などないような人とも、いつの間にか同じ方向を向いて仕事をしようとしていたり。もちろん逆の場合もある。でも、どんな人からも学ぶことがある。

僕たちは、立場が変わっていくなかで、気付かないうちに先入観を持って人を見てしまったり、裁いたりしてしまうことがある。でも、日々思わされるのは僕たちは裁く立場にはいないということ。僕たちは人を裁くためにつくられているわけではない。

僕たちは人を愛し、希望を与え、また導くために造られていると思う。どんな仕事をしていく中でも、フレッシュな気持ちで取り組んでいきたいと思う。

Clash with

普段の生活の中で、学校で、家で、職場で、その他、色んな場所で意見を”ぶつけ合う”ことはあるだろうか。この”ぶつけ合う”というのは決して悪い意味での”ぶつけ合う”ということではない。

日本人は特にかもしれないが、いかに意見をぶつけずに済まそうかということを考えて、自分の意見を言うことがある。もしかしたら意見をぶつけたくないがために意見を持つことを放棄している場合もあるかもしれない。

だが、そのような態度、環境で私たちの”こころ”は育っていくのだろうか?養われていくのだろうか?

意見をぶつけ合うことの大切さを今、学んでいる。感情的にではなく、冷静に、且つ相手の人格を傷付けずに意見をぶつけ合うこと。そういった豊かな人間関係を通しても成長していきたいと思う。最近読んだ本からも少なからず学んでいるので明日以降にも感じたこと、学んだことを書いていきたい。 

frankly

皆さん、忙しくされていますか。そんな忙しい日々を送りながら、ふと時間が空いた時に、休めばいいものを”何かしなければ落ち着かない”、そんな衝動にかられたりしないでしょうか。

日本人の悲しい性(さが)なのか、ゆっくり過ごしていたら何か時間を無駄にしてしまっているように感じてしまう。頑張っていないように感じてしまう。多かれ少なかれ多くの人が感じることのように思う。

でも、神様は”ありのままの自分(僕)を大切に思い、愛してくださっている”ということに日々励まされています。何か出来るから、何かしているから大切に思ってくださるのではなく、”ありのまま”を愛してくださる。それが”ゴスペル”の本質だと思います。

だけど、何もしなくてもOKというわけじゃあない。やっぱり大切に思い、愛されているからこそ、その愛に応えたい。だから、出来ることをやり、やるべき事をやり、そばにいる人を愛し、また、離れている人をも愛する。そんなにも偉大な神様の愛を動機にこれからも”ありのまま”歩み続けたいと思う。

@ Home Live vol.4

先週日曜の6月3日に心斎橋にあるIn Our Timeという素敵なカフェで@ Home Live vol.4を行なった。

出演者はゆかり☆Gospel with トム(バイオリン)&マシュー(ギター)とJoshuaさん with 島田麻貴子さん(ピアノ)だった。

皆さんの歌、演奏が素晴らしいのはもちろんの事、そこにあるメッセージが素晴らしい。彼らは”ゴスペル”という共通のメッセージを音楽を通して伝えている。

”ゴスペル”は決して音楽ジャンルでもなければ特定のスタイルでもない。それはメッセージである。そこにJesus(イエス・キリスト)にある変わらない愛、希望、喜びがあるかどうかである。

また、この日は音響としてお手伝いさせていただいたのだが、Joshuaさんの"Necessary"という曲を聴きながら、とても感動を覚えた。歌詞の1フレーズが心をとらえたというのか、自分自身の足りなさを感じると共に、そんな自分を愛し、用いてくださる神様に深い感謝を感じた。

これからも”ゴスペル”のメッセージを一人でも多くの人に届けていきたい。