壁を乗り越えるという姿勢

誰にだって乗り越えることが必要な壁がある。

 

それは人生の中で、いつ現れるか分からないことがほとんどだ。

 

ただ、その壁を乗り越えようとするのか

 

壁を乗り越えることをあきらめるのか

 

壁の存在を認めようとしないのか

 

色んな反応がある。

 

”乗り越えるべき壁がある”という現状を

 

なんとか打破していこうとする姿勢やモノの見方。

 

それがあるのか、そうでないのかが問われる。

 

それは大人でも子どもでも、だ。

 

そして、乗り越えようとするからこそ

 

また次のレベルの壁が見えてくるんだと思う。

”信頼できる”という安心

足首をねんざした。

 

さすがに痛みがひどいので

 

紹介してもらった専門家のところに足を運んだ。

 

入念に状況をヒアリングしてもらい

 

今の状態を部分部分細かくチェックしてもらった。

 

今がどんな状態か、なぜ痛みが起こっているのかなど

 

分かりやすく、理解出来るように説明してくれる。

 

そして、今からどんな治療をして、なにを目指すのかを

 

示してくれる。

 

専門的な知識はもちろんのこと

 

治療を通して、言葉通りに状態が良くなっていくので

 

そこには”信頼できる”という安心が生まれていく。

 

こういうことって自分の生き方においても

 

同じだよな〜って思う。

いい家族たち

完ぺきな人間はいないように

 

完ぺきな夫婦・家族もない。

 

でも、いい感じの人がいれば

 

いい夫婦や家族もある。

 

そして、”いい家族たち”というのもあったりする。

 

定義は難しいけど、

 

いい感じの人たちはやっぱり

 

”互いのことを考え合ったり、想い合ったりしている”んだと思う。

 

ありがたいことに僕の周りにも

 

そういう家族たちがいて、

 

今も互いのことを大事にしていることが

 

見ていて分かる。

 

そして、これからもそれがさらに良いものに

 

なっていくんじゃないか、と期待が持てることが

 

ほんとに素敵なことだなーと思う。

質が高い時間

同じ時間を過ごすにしても


質の高い時間を過ごしたい。


それと同時に人にも


質の高い時間を過ごしてもらいたい。


だからこそ、"質が高い"ものに


なるように、準備をしたり


考えたりする。


その「道」に居続けたいなーと思う。



"なんで今なんだろう"ってこと

人生で起こることの中には、


"なんで今なんだろう"


"なんでこのタイミングなんだろう"


と思うことや、


"なんでこういう形や状況なんだろう"


と思うことがある。


でも、視点を変えてみれば


"今(このタイミング)じゃなく


もっとしんどいタイミングで


同じことが起こっていたら


どうだっただろう"とも思える。


このタイミングでよかったなんて


簡単には言えないけど、


人間の意志や計画を


超えたものの存在や計画を


少なからず感じる。

表現する側の"隠れたもの"

絵を描いて"喜び"を描いているとして、


それを見る側からは、


それがどんな喜びなのかとか


ハッキリと決めつけられるものではない。


それは、文字でも音楽でもダンスでも


同じことなんだと思う。


何かを表現するってことは


見る側や読む側、聴く側には


決めつけることができない


表現する側の"隠れた(見えない)もの"がある。


だから表現することも


それを見たら読んだら聴いたりすることも


飽きないんだよなー。