必然的に「本質」が問われてくる

次から次にやらないといけないことがあるときは、

 

立ち止まって、じっくり考えてみることや、

 

別の視点から見直すことや、

 

一旦ストップしてみるということや、

 

そもそもの原点から考えてみるということがしにくい。

 

そういうこともあって、忙しさは本質を見えにくくする。

 

ただ、「忙しく頑張っている」という自分を含め

 

周りに対するアピールもあったりで、

 

”忙しく頑張っている”が故に自分を許してしまったり、

 

周りも納得せざるを得なかったり。

 

でもさ、今のような色んなことをストップして、

 

スローにやっていくということになると、

 

アピールも許す理由という自分を守る盾も失う。

 

そうなると、必然的に「本質」が問われてくる。

 

なので、そこを突き詰めれてなければ、

 

引き出しがずいぶん少なくて苦しいなんてことにもなる。

 

「多忙さ」がある意味で自分を助けてくれていることを知りつつ、

 

本質の大切さをあらためて実感するよね。