「借りた考え」を深く見ていくなら

日本という国の文化として、自分の考えを

 

そのまま口に出したら差し障りがあるかもしれないので

 

自分の主観を口に出すよりも、

 

その場の多くの人の主観を調整した”客観”なるものを

 

受け入れて、それを語るというところがある。

 

でも今の状況になり、多くの人が顔を合わせない中で

 

自分の主観をためらいもなく発信する。

 

そういった状況に、なにか違和感を感じるんだけれども、

 

それについては、また別の機会に書くとして、

 

人は他の人の主観となる意見を借りて、

 

自分の意見として発したりする。

 

それは必ずしも悪いわけではなくて、

 

その「借りた考え」を深く見ていくなら、

 

少しずつ「自分の考え」のようなものが見えてきたりする。

 

そういったほんの少しのものを見つけて、集めていくと、

 

「自分の考え」が形を作っていく。

 

だから「借りた考え」を右から左に流さないで、

 

しっかりと一つ一つ見ていくということが大事なんだよね。