"生きてるという感覚”が増す方を!

生きるということはできているけど、

 

自分が書くこと、発言することに

 

案外、気をつかっていたりするというのが

 

多くの人が感じていることかもしれない。

 

手が使えるように、足が使えるように、

 

目や耳が使えるように、

 

僕らは言いたくなったり書きたくなったりする。

 

でも、気を使うがゆえに言えなかったり

 

書けなかったり、できなかったりする。

 

じゃあ、気を使いながらも、

 

言ったり書いたりしたりする基準はどこにある?

 

ある人が言った言葉を自分のフィルターを通して

 

理解した言葉。

 

「常に"生きてるという感覚”が増す方を選べ!」

 

これが今の自分にとっての基準になってる気がする。