自分の中で育ってきたもの

サウンドクローサーのような人の前に立って


発信する場であったり、

 

こういうJournalのような発信する場にいると

 

「自分の思い」がなんなのかということが


問われる。

 

今までの人生の中で思ったことや考えたことが

 

積み重なって、ときにはぶつかりあったりして

 

変化をしながら今の自分の思いになっている。

 

自分という”土地”が荒れていたり、


栄養たっぷりだったり、

 

枯れていたりしたとしても、


そこに蒔かれた種からしか

 

「自分の思い」は育ってこない。

 

「自分の思い」は外ではなく自分の中にある。

 

かっこいい言葉やきれいな思いなんかも

 

それが自分の中に蒔かれて育ってこなければ

 

自分のものにはならない。

 

自分の中で育ってきたものが”言葉”としても

 

サウンドクローサーなどの人との間や

 

Journalなんかで書く言葉として


出てくるんだと思う。