"美しいなー”って感動する瞬間

今日はゆかり☆ゴスペル主催の「英語でたのしむ音楽会」でした。

 

僕は裏方(音響や撮影)での参加。

 

”英語でたのしむ”というとキッズのイベントのように思うかもしれないけど、

 

そういう訳ではなく、幼稚園の子ども〜大人まで英語に触れて、音楽に触れる、

 

それだけじゃなく、英語&音楽で参加するイベントでした。

 

英語でワイワイ遊ぶ時間もあれば、ゆかり☆ゴスペルとサウンドクローサーなどで

 

おなじみのギター住吉健太郎氏との曲、またそこにシンガーの方が一人加わっての曲、

 

大勢のクワイヤーとゆかり☆ゴスペルとの曲、

 

飛び入りゲストでKenkobaのピアニストである小場さんが参加してくださった曲など、

 

バラエティに富んだステージ。

 

そんな中、僕が感動したのはゆかり☆ゴスペルと彼女が指導する

 

近鉄阿倍野クラスの方々が歌った曲。

 

 

クワイヤーとして一人一人が想いを込めて歌っておられる姿はもちろん、

 

僕が感動したのは

 

”クワイヤーの方々の歌の支えがあってこそリードシンガーの歌が活きる”

 

という姿・光景。

 

クワイヤーの方々がそれぞれのパートのサビの部分を、ぶれることなく

 

歌うことによって、リードを歌うゆかり☆ゴスペルの歌が活きてくる。

 

また、思い切ってゆかり☆ゴスペルがリードを歌うことで、

 

クワイヤーの方々も、より思い切ってサビを歌い続ける。

 

この「互いに支え合い、高め合う」姿と光景。

 

僕は、素直に「あ〜、美しいな〜」と感動しました。

 

あくまで僕の個人的な意見だけど、ゴスペルのクワイヤーって

 

黒人クワイヤーの真似をすることが目的でもなければ、

 

歌詞のメッセージを伝えることが目的ではないんじゃないかなと思う。

 

(それが目的のクワイヤーがあってもいいと思うけど)

 

1つのクワイヤー(グループ・集団)として歌詞のある曲を歌うんだけど、

 

歌い、表現する時に、お互いが支え合い、ある意味で励まし合い、

 

高め合い、”あー、一緒に歌っててよかったな−”って感じる。

 

それが1つの完成形なんじゃないかなと思う。

 

そういうことが積み重なっていくときに、参加している人の人生が

 

より豊かなものになるんじゃないかなと、今日も強く感じた。

 

クワイヤーの皆さん、次回のステージも楽しみにしてますよー。