真剣でありがとうございます

真剣ではなく中途半端な態度、姿勢の人の


意見ほど、イヤに感じるものはない。


たいていの批判とか意見とかが


受け入れにくいのは真剣じゃないから


かもしれない。


たとえ自分の意見と違うことでも


真剣なものだったら耳を傾けやすい。


そう考えると、真剣に僕に


つきあってくれてる人、


ありがとうございますー。


そして、僕も関わる人に真剣に


関わっていくものでありたい。

うまくやりこなさなくてもいい

僕らはいつのまにか気づかないうちに

 

”人をがっかりさせたくない”とか

 

”人の期待を裏切りたくない”とか

 

思いながら、どこかで気を配って生きている。

 

それが努力につながって良い結果を

 

生み出すときもあれば、

 

無理が重なって、辛くなることだってある。

 

”人をがっかりさせる”ことをどこかで恐れ、

 

失敗のないようにやりこなすようになったりもする。

 

でも僕らは覚えておきたい。

 

そんなに”失敗してはいけない”ってことは

 

人生で多くはないってこと。

 

そんなにうまくやりこなさなくてもいいんだよね。

ほんとうがある側

"僕はこう思う"、"僕はこう考えてる"、


"私はこんなことができます"、


"私はこういうことを知ってます"、


"自分はこんなにも素晴らしい"、、。


インターネット上も世の中も


こういうことで溢れていて


どこもかしこも主張するための


行列ができてる気がする。


主張ができることが悪いことじゃーない。


自分もこうやってジャーナルを書いてる。


でもさ、"僕たちは他ではやってないような


こんな素晴らしいことをやりますよ!"


っていうプレゼンよりも、


「それってほんとにいいよね」っていう


言葉の方にほんとうがある気がする。


"私たちはこんなに考えて、思ってます!"


よりも、


「その考えは素敵だし、その思いもいいね」


とか


「それだけ思ってくれてありがとう」


っていう側にほんとうの心とことばが


あるんじゃないかなーと思う。


僕たちいつからこんなに主張ばかり


するようになったんだろー。








考えることを先に終えておく

昨日書いた「楽しむことを決断する」には


少し付け足しがあって、


どんな状況でも常に楽しもうとするなら、


楽しんでることをよく思わない人も


ときには出てくる。


"あいつだけ楽しそうにしていいよな"


なんて言う人もいたりして、


楽しそうにしてるのが


悪いような気がしてくる。


でも、誰かが楽しそうにしているときに


楽しくできない人がいるのは事実。


だからそういう声があることさえも


先に理解していて、そういう声があった時に


自分はどういう心と態度で取り組んでいくか


考えることを先に終えておくってことが


結構大事なんだよねー。

楽しむことを決断する

状況がどうであれ楽しんで取り組む。


楽しんで取り組めるなら、


おもいっきりできる。


誰でもしんどいことや苦しいこと、


つらいことはある。


でも、"楽しんでやる"というように


し続けていれば、


不思議と楽しくなってくる。


そして、それがいいことやいい効果を


生み出し、いい結果にもつながり、


自分を含め周りの人たちも喜ぶということが


起こっていく。


だからまずは"楽しむ"ことを


決断することから始まるんだよねー。

フィードバックの質

何かに取り組んだ後の振り返る時間が


大切なのはだいたいの人が分かっている。


取り組んだことの何がよかったのか、


何がうまくいったのか、


何がうまくいかなかったのか、


次に向けての課題は何か、


そんなことを考えたりする。


ただ、考え出した内容がほとんど抽象的で


次に取り組んだときにできたのかどうかを


ハッキリ確認することができない、


ということが起こったりもする。


そういうことを考えると


フィードバックの質の向上も課題だなぁーと


思わされる。