考えることを止めてしまわないで

状況のせいにしない、誰かのせいにしない、

 

なにかのせいにしない、ということは

 

他の誰でもなく、自分ができること、

 

自分がやれることを考えるということだ。

 

「誰かがこんなことをしてくれないかなー」

 

「このいいアイディアを誰かしないかなー」

 

とかいうところで考えることを止めてしまわないで

 

ほんとうに実現することを願っているなら

 

「自分はどうしたらいいか」を考えて、

 

やってみるということ。

 

それが今の自分にも大事なんだよなーって思う。

 

 

今できる「手のつなぎ方」

東京の知り合いの方が始められた


「周りに助けの手を差しのべる」という


具体的な行動。


それはきっと誰かに言われてやろうとした


のではなく、状況に動かされただけでもなく、


「自分で考えてやろう」という


意志とメッセージの表れだと思う。


状況のせい、時代のせい、周囲のせい、


何もしてくれない人や国のせいにしないで


(もちろん国には具体的な行動を期待してます)


生きていこう、そんな気持ちの強い表れに


思える。


僕は僕で今できる「手のつなぎ方」で


周りの人たちとつながっていきたいと思う。


僕にできることなら是非とも力になりたいので


遠慮なくコンタクトしてほしいなーと思ってますので!


毎日、何が見えているか

毎日、自分の目には何が見えているか。


綺麗な景色が見えている人もいれば


いっぱいの笑顔が見えている人もいる。


曇った空がいつも見えている人もいれば


張りつめた空気が見えている人もいる。


つまり、こんな先の見えにくい状況の中でも


毎日、何が見えているかで、


その人のこころも生き方も


きっと大きく変わってくるんだと思う。

使わなければ錆びていく

年度が変わったとはいえ

 

先のなかなか見えない状況が続く中で

 

何も始まっていないかのように感じたり。

 

"今、できることをしよう”と自分に言いきかせながら

 

過ごしているけど、そんな中で気づくのは

 

”日頃、けっこうたくさんのことをやっているんだなぁ”

 

ということ。

 

たくさんのことに関わらせてもらえてることの感謝と

 

それをやるだけの力や知恵が少しずつでも

 

ついてきたんだなーと思う。

 

今は"何もできない”ような空気が流れているけれども、

 

せっかくついてきた力や知恵は使わなければ錆びていく。

 

それを今まで以上に「お互いをケアし合う」方向に

 

使っていけたら、自分にも周りの人にとってもいいよねー。

 

 

自分は大事にされていた

亡くなった人を悲しむというのは、

 

「自分はその人に大事にされていた、愛されていた」

 

と感じるからなんだと思う。

 

何かの功績を挙げたからとか

 

何かを成し遂げたからとか

 

歴史に名を残した、なんてことは

 

ほんのおまけでしかない。

 

人の心に、いい思い出や気持ちを残すことが

 

人として”いい人生を送ってきた”


ということなんだと思う。

 

一緒に過ごした家族も仕事仲間も、

 

趣味や何かの繋がりで時間を過ごした友人も

 

”自分は大事にされていた”と思えるから

 

別れが悲しくもなるし、そこには

 

「愛するものは愛される」

 

っていう原則みたいなものが


はっきりあるんだよ。

 

 

 

 

まずは進んでいく

今の世界の状況とは違って


自分が目指しているところにたどり着くのに


"先が見えない"とかではないけど


「まだまだ遠いな」ということは感じる。


まだたくさんの知識や経験が必要で


その道のりの中で「失敗も前進」だと思い、


「まずは進んでいく」ことを大切にする。


そのために「楽しい!」とか


「おもしろい!」という感覚を


忘れないことが大事なんだよね。


それが「まずは進んでいく」ことの


モチベーションになっていく。